大避神社由緒
拝殿
創建の時期は定かではありませんが「播磨国総社縁起」によると養和元年(1181)祭神中大神二十四座に列せられすでに有力な神社であったことが分かっています。現在の本殿は明和六年(1769)に、拝殿と神門は延享三年(1746)に再建されたもので、絵馬堂には40もの絵馬があり、
280年前の貴重な船絵馬も現存しています。
瀬戸内海三大船祭り
船渡御
秋の例大祭である「坂越船祭」は平成4年(1992)に国の選択無形文化財、その祭礼用和船は昭和60年(1985)に兵庫県有形民俗文化財に指定され、瀬戸内海三大船祭りの一つに数えられています。祭礼は毎年10月の第2日曜日に御旅所のある生島へ華麗な船団による船渡御が行われます。
御旅所は仏教様式の建物で再建され、神仏習合の名残をみることができますが生島への立ち入は禁止されていています。
生島(いきしま)
生島御旅所と樹林
樹林は国指定天然記念物
周囲1.63kmの小島であるが、古来大避神社の神地として、樹木の伐採が禁止され、原始の状態が保たれ樹種は大部分が常緑樹である。
古墳
墳形は直径20mの円墳と考えられ、大避神社の祭神である秦河勝の墳墓と言い伝えられている。
御旅所・船倉
御旅所は享保四年十二月に再建されたもので、瓦葺の仏教様式の建物。祭礼では内陣に神輿が安置されて神事がとり行なわれる。船倉は元文元年の建築で、祭礼用和船を保管している。船倉と和船は昭和になり県指定有形文化財になっている。(出典:赤穂市教育委員会)