赤穂義士ゆかり 花岳寺

名所旧跡のトップページに戻る花岳寺について

花岳寺は赤穂市加里屋にある名刹、赤穂藩の歴代藩主浅野家、永井家、森家及び大石家と赤穂義士の菩提寺です。山門は元赤穂城西惣門を移築した武家風の高麗門、境内の宝物館には義士の遺品を多数展示し、赤穂市を代表する名所です。

花岳寺本堂

駐車場などの情報

駐車場の有無や位置情報、付近の見所、最寄り駅、インターチェンジなどのアクセス情報、レンタサイクルはページの後半に記載しています。

赤穂藩浅野家と義士と花岳寺

花岳寺は赤穂藩初代藩主浅野長直が開祖となり、父長重の三十三回忌と母の三十七回忌にあたる寛文十二年(1663)に創建。山号の台雲山は母の法号「台雲院殿」から、寺号の花岳寺は父の法号「華獄院殿」が由来。宗旨は曹洞宗で開山は秀厳龍田和尚です。(画花岳寺蔵)

大石内蔵助は赤穂城を元禄十四年四月十九日に幕府に明け渡し、残務整理を全て終えた後の六月二十四日に浅野内匠頭の百箇日法要を花岳寺でおこない翌、二十五日に隠棲先の京都山科に海路旅立っています。境内にある宝物館の展示品は質量ともに一級です。

境内

山門 赤穂城にあった門を移築花岳寺山門

この山門は赤穂城西惣門を花岳寺二十一代仙珪和尚が明治六年に購入移築したものです。高麗門の形式をとり、西惣門の遺構であるため、素朴武骨で武家門の風格を備え、城郭付属建築物として、史的価値の高い門と言えます。

鳴らずの鐘 悲嘆にくれる町民鳴らずの鐘の鐘楼

この鐘は、赤穂浅野家二代の藩主で、切腹した長矩公の父にあたる長友公が、その父長直公の菩提の為に奉納されたもの。元禄十六年(1703)二月四日赤穂四十六士が江戸で切腹した知らせが赤穂に届いた時、町民が昼夜鐘を撞き尽くして鳴らなくなったと伝わります。寛政年間(1789から1801)に改鋳されているので、鳴らずの鐘が今は鳴っていることから、赤穂七不思議の一つになっています。

花岳寺境内図

名残の松 赤穂を去る大石内蔵助二代目なごりの松

初代二本の松は昭和二年(1927)に松枯れし現在は二代目。初代の切り株が千手堂に保管されています。元禄四年(1691)に相生村から移植した松の樹齢は310年の大木でした。浅野家が断絶し、大石内蔵助が赤穂を立ち去る時、大石家先祖の墓に詣でこの松のもとで名残を惜しみ旅立ったことが名前の由来になっています。

藩主と義士の墓歴代藩主のお墓

赤穂の歴史が一堂に 赤穂浅野家、永井家、森家歴代藩主の墓及び大石家の墓や義士三十七回忌に建てた四十六士の墓(寺坂吉右衛門は生存中)、五十回忌に立てた忠義塚などがあります。宝物館と義士木像堂には赤穂藩の史料、義士の関係書類や遺品など多数が展示されています。

宝物館・扶持離れの釜山門の大額

凶変を予感した内蔵助 浅野長矩公の勅使接待の大任の労苦を慰めるべく、大石内蔵助は赤穂にあって遙かに茶を点じ、まさに献じようとした時、突然釜の縁が離れた。四日半後に江戸城松の廊下での刃傷事件の凶報が届き、縁(扶持)が離れた事を知った内蔵助が花岳寺に納めて冥福を祈ったとされ赤穂七不思議の一つになっています。館内は撮影禁止・画像は山門の山号大額。

花岳寺の情報

住所
  • 赤穂市加里屋1992
電話
  • 0791-42-2068
時間
  • 午前9時から午後4時
料金
  • 墓所と宝物館拝観料400円
休日
  • *****
公式
鉄道高速
  • 山陽道赤穂ICから4km
レンタサイクルと無料駐車場花岳寺をGoogleマップで確認
花岳寺境内駐車場花岳寺境内駐車場
息継ぎ井戸駐車場息継ぎ井戸駐車場

地図位置情報

位置情報の使い方Google マップ地図 Mapion
花岳寺34.752829, 134.390747541 587 816
境内駐車場34.752718, 134.390227541 587 845
息継ぎ井戸駐車場34.75283, 134.391908541 587 880

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