元禄赤穂事件の一部始終

サイト内の画像は赤穂義士祭のものです赤穂義士祭の登場人物です

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赤穂四十七士と萱野三平

赤埴源蔵重賢享年35、二百石、馬廻、譜代、独身で徳利の別れは講談咄。下戸で寡黙な人柄
礒貝十郎左衛門正久享年25、百五十石、新参の物頭側用人で児小姓として仕える。利発で器用な人柄
潮田又之丞高教享年35、二百石、郡奉行兼絵図奉行、山鹿素行門下、東軍流奥村無我門下
大石内蔵助良雄
  • その1 享年45、千五百石、容姿や性格などの私的な情報と出自、家紋、家系図
  • その2 赤穂城三の丸の屋敷と仮住まい、山科での隠棲と放蕩、お軽のこと、詩
  • その3 夫婦と理玖夫人のこと、子どものこと、遺族のその後の情報
大石主税良金享年16、部屋住(父大石内蔵助)、体躯に優れ十六歳とは思えぬしっかりした人柄
大石瀬左衛門信清享年27、百五十石、馬廻、内蔵助の曾祖父、良勝の弟で信云四百五十石の孫
大高源五忠雄享年32、二十石五人扶持、金奉行兼腰物方兼膳番元方、俳諧に通じ文武両道の人
岡島八十右衛門常樹享年33、二十石五人扶持、札座勘定奉行、実兄が原惣右衛門で清廉潔白な人柄
岡野金右衛門包秀享年24、部屋住(亡父二百石)、恋の絵図面取りは虚実不詳、俳号は放水
奥田貞右衛門行高享年26、九石三人扶持、加東郡勘定方、養父奥田孫太夫、近松勘六は腹違いの兄
奥田孫太夫重盛享年57、百五十石、武具奉行(江戸定府)、前夜に切腹の稽古をしたと覚書に残る
小野寺十内秀和享年61、百五十石役料七十石、京都留守居役、義理人情に厚く夫婦ともに歌人
小野寺幸右衛門秀富享年28、部屋住、実兄大高源五、義父母に孝養を尽くす優と豪を備えた人
貝賀弥左衛門友信享年54、十両三人扶持、蔵奉行、吉田忠左衛門の実弟で信頼が厚かった人
片岡源五右衛門高房享年37、三百五十石、側用人兼児小姓頭、眉目秀麗、主君切腹時唯一面会した人
勝田新左衛門武堯享年24、十五石三人扶持、札座横目、剣客、祖父の代に農民から浅野長直に仕える
茅野和助常成享年37、五両三人扶持、横目付、赤穂藩へ再仕官してわずか4年目で凶変に遭う
神崎与五郎則休享年38、五両三人扶持、歩行目付、号は竹平で文武両道の人、義憤の人
木村岡右衛門貞行享年46、百五十石、馬廻兼絵図奉行、学問好きの慎重な人柄、討入り時に負傷
倉橋伝助武幸享年34、二十石五人扶持、扶持奉行、吉良邸の探索に力を尽くした人
菅谷半之丞政利享年44、百石、馬廻兼郡代、容貌魁偉といわれた人で美男説は史実と異なるらしい
杉野十平次次房享年28、八両三人扶持、札座横目、剣客、浪士中では比較的裕福だった人
武林唯七隆重享年32、十五両三人扶持、馬廻、祖父は中国人、吉良上野介を捕らえた功労者
近松勘六行重享年34、二百五十石、馬廻、忠僕甚三郎は襲撃を門外で待ち年末迄江戸に留まる
千馬三郎兵衛光忠享年51、百石、馬廻、致仕手続き中に刃傷事件に遭遇。私憤を捨て忠義を貫いた人
寺坂吉右衛門信行 享年83、三両二分二人扶持、足軽、吉田忠左衛門配下、唯一の生存者。
富森助右衛門正因 享年34、二百石、馬廻兼使番、父の没後十四歳で浅野内匠頭に仕え寵愛を受ける
中村勘助正辰享年48、百石、書物役、出身の陸奥国白河に家族を送り届けて討ち入る
間喜兵衛光延享年69、百石、勝手方吟味役、間十次郎、新六の実父、裏門隊作戦参謀
間十次郎光興享年26、部屋住、父は間喜兵衛、弟は間新六、吉良上野介の第一発見者
間新六光風享年24、浪人、間喜兵衛の二男、切腹の際、実際に腹を切った唯一の人
早水藤左衛門満堯享年42、百五十石、馬廻、弓術は赤穂藩一、刃傷事件の第一報を赤穂に知らせる
原惣右衛門元辰享年56、三百石、足軽頭、大石内蔵助を補佐する三長老の一人、討入り時に負傷
不破数右衛門正種享年34、元百石、元馬廻、浪人で唯一討ち入り、戦闘での働きは浪士中第一
堀部弥兵衛金丸享年77、隠居料二十石(前三百石)、前江戸留守居番で子(養子)は堀部安兵衛
堀部安兵衛武庸享年34、二百石、馬廻、高田の馬場事件後に堀部家の婿養子に、仇討ち急進派
前原伊助宗房享年40、十石三人扶持、江戸詰の金奉行、吉良邸前で古着屋を開業して探索
間瀬久太夫正明享年63、二百石役料五十石、大目付、表門隊参謀、間瀬孫九郎の父
間瀬孫九郎正辰享年23、部屋住、間瀬久太夫の長男で従兄弟に中村勘助がいる
三村次郎左衛門包常享年37、七石二人扶持、酒奉行兼台所役、低い士分ながらまことの武士、忠節の人
村松喜兵衛秀直享年62、二十石五人扶持、扶持奉行(江戸詰)、長男は村松三太夫
村松三太夫高直享年27、部屋住、母への孝養を捨て義盟に加わり父と共に切腹。信念の人
矢田五郎右衛門助武享年29、百五十石、馬廻、討ち入り時に火鉢で刀を折り敵の刀を奪って奮戦
矢頭右衛門七教兼享年18、部屋住、仇討ちを前に病没した父に代わり義盟に加わり切腹
横川勘平宗利享年37、五両三人扶持、徒目付、討ち入り時に負傷、お軽勘平は萱野三平で別人
吉田沢右衛門兼定享年29、部屋住(蔵奉行説あり)、父は吉田忠左衛門、叔父甥貝賀弥左衛門
吉田忠左衛門兼亮享年64、二百石役料五十石、足軽頭兼郡奉行、寺坂吉右衛門の主で和歌に秀でる
萱野三平重實享年28、十三両三人扶持、孝か忠かで苦悩し、亡君の月命日に自宅で自殺

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